40階段文化観光テ-マの道は国民銀行の中央洞支店から40階段を経て,40階段文化館とパルソン観光に至るまでの道を言う.
50 60年代の辛かった時の哀歓と香水が染み んでいる40階段一帯を,当時の生活像をテ-マにして京釜高速鉄道の一段階開通に合わせ,新しい観光名所として助成した40階段文化観光テ-マの道は,釜山駅前の大火災の前の昔の釜山駅および,釜山港を象徴するレ-ルと海 の通りをテ-マにして,40階段広場,踏み切り広場,ソラ階段広場,船着場広場など4個所の休み場を助成して,鉄道レ-ルと,踏み切り信号灯,大理石車道と,マロニエ街路樹を植え,昔の名残が感じられる街に助成し,特に避難時期の辛かった生活のなかでも犠牲と愛で子供たちを育ててくれたお母さんを描いた"母の心",家族のために辛い勞 をしながら,疲れた体を休ませているお父さんを表現した"父の休息",辛かった時,幼い年でありながら家事を手伝い,いい子で育った子供を表現した"樽を持った子供",食べ物が多くなかった時期,「パン!」という音と一緒に白い煙が芳ばしい臭いを出していたポンチギおじさんと子供たちの樂しい姿を表現した"ポンチギおじさん",苦しい生活のなかでもロマンを持っていた文学人を表現した"アコ-ジサンを演奏する人"など,昔の生活をそのまま再現して助成した造形物たちと韓国最初の商業放送の電波が発送された場所を標識する"MBC象徴造形物"などの造形物はここのもうひとつの名物で,ここを訪れる人 に昔の思い出と名残を感じさせる.
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